「何者か」じゃなくて「私」でいい。フランスで見つけた自分らしく暮らすこと パリ在住 外山舞
- 友里江 古谷
- 4月12日
- 読了時間: 3分
更新日:4月18日

パリ在住、1児の母であり写真家であり音楽家の外山舞さん。
ご自身は日本と韓国の2つのバックボーンを持つものとして、幼少期〜学生時代を日本で過ごされてきました。
そんな舞さんがフランスで暮らしていく中で感じたことをお伺いしました。
「何者かにならなきゃ」という焦りの中で
15年前、音楽を学ぶためサクソフォンを抱えてパリにやってきたのが
舞さんのフランス生活の始まりでした。

当時はフランス語もほとんどわからず、「とりあえず2年だけ」と親に頼み込んでの挑戦だったそう。
音楽の世界で生きていくために、明確な肩書きや実績が必要。

「何者かにならなきゃ」という思いをずっと抱えていました。
その反面心のどこかでは「型」に自分を押し込めようとすればするほど、違和感を感じていたそう。
そんな中、ある日価値観を変える一つのきっかけに出会いました。
新たな表現との出会い
舞さんの考えを大きく揺るがしたのが、2018年の結婚式でのこと。
プロのフォトグラファーが撮った写真を見たとき、
ただの記録写真ではなく、その瞬間の感情まで写し取られていることに衝撃を受けたそう。

それまでははなんとなく「音楽という道で成し遂げなくてはいけない」と感じていた舞さんに新たな出会いがありました。

気がつけば、カメラを手に取っていた舞さん。
最初は何気なく始めたものだったが、次第にのめり込んでいき、
写真を撮ることが、自分にとって驚くほど自然な行為になっていったと言います。
「何かをやめる」ではなく「変わっていく」
音楽から写真へ。
舞さんにとってそれは「何かをやめる」決断ではなく、「ただ変わっていく」流れでした。

フランスでは、一つの道に縛られずに生きる人が多いのも事実。
音楽をしながら絵を描く人、カフェで働きながらアート活動を続ける人。
大人になってから学び直し、新たな道を作っていく人。

そんな多様な生き方を目の当たりにし、「一つに絞らなくてもいいんだ」と肩の力が抜けていきます。
実際に今の舞さんを構成す要素の多種多様。
何者かである必要はない、私は「わたし」
肩書きにこだわっていた20代。
しかし今は、「何者かである必要はない」「私は私」と言います。
写真を撮るし、音楽も好きだし、部屋の模様替えや掃除だって立派な表現のひとつ。
どれも舞さんを形作る大切な要素。
幼少期からなんとなく感じていた違和感。
枠に縛られず、自分が心地よいと感じることを大切にする。
フランスでの経験が、舞さんにその自由さを教えてくれたようです。

SNSの普及により自己発信が盛んになった現代で
「私」とは何者かということを考える機会が増えました。
必ずしも自分を特定のカテゴリに当てはめる必要はなく
ただ「私」でいること、それが最大の個性なんだと改めて考えさせられました。
舞さんのインタビュー動画はこちらから。
写真・文 YURIE FURUYA