踊り続けたその先 パリ在住ダンサー Mary KATAKURA
- 3 日前
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舞台に立ったり、ギャラリーで踊ったり、映像作品に出演したり。
ダンサーが必要とされる場所があれば、そこで踊ってきたMaryさん。
最近は、ダンスを教える仕事も増えているそうです。
ここに来るまでのお話を、伺いました。
呼ばれて行った場所、選んだ場所
パリに来た理由は、とても単純だったそうです。
「ずっと憧れていたパリに住んで、アーティスト活動をしてみたかった」
そう話してくれました。
大学卒業後、ヨーロッパのダンスカンパニーに入りたいと思い、いろいろな国にCVやビデオを送り続けました。

一番最初に返事をくれたのが、ブダペストのカンパニー。
「運命かな、と思いました」
そうして、まずはそこへ行くことになりました。

6年が経ち、少し環境を変えたいと思ったとき、今度は「自分が行きたい場所」を考えました。
思い浮かんだのが、パリでした。
憧れと、現実
フランスに憧れていた理由は、とても感覚的だったそうです。
フランス語の響き。アーティストが集まる街、というイメージ。

でも実際に住んでみると、言葉の壁は大きく、コミュニティに入るのは簡単ではありませんでした。
「もっと、アーティスト同士って自然につながっているのかなと思っていました」
でも実際は、自分から言葉を話し、動いていかないと、なかなか距離は縮まらなかった。
その点では、イメージしていたものとの違いを感じたと話してくれました。
決まった答えは、置かない
パリに来て最初の1年は、ダンサーとして活動しているとは言えない状態でした。
それでも、「せっかくフランスに来たから」と、しがみついていたそうです。
少しずつ縁がつながり、プロジェクトも増えてきました。
まだ途中。でも、続けています。
踊るときに意識しているのは、はっきりした物語ではありません。
抽象的なイメージや、そのときの気持ち。

「受け取る人が、私と同じ意味で受け取らなくてもいい」
そう思って、踊っているそうです。
「ダンサーです」と言える場所
パリでは、「ダンサーです」と言うと、自然に会話が続きます。
どんな踊りなのか。何を表現しているのか。

結果や肩書きより、いま何をしているかを見てもらえる感覚。
それが、とても居心地がいいと話していました。
「これからも、踊ることはやめないと思います」

どこで、どんな形になるのかは、まだ分かりません。
でもきっと、踊り続けていた、その先で、また次の場所に出会う。
Maryさんとお話しているとそんな気持ちが伝わってきました。
写真・文 YURIE FURUYA
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